作品紹介

Works

国宝 金印 福岡市東区志賀島出土 福岡市博物館

火焔型土器ナンバーワン、
16年ぶりの県外公開!

国宝 深鉢形土器(火焔型土器)

国宝 深鉢形土器(ふかばちがたどき)火焔型土器(かえんがたどき))(No.1)

新潟県笹山遺跡出土 1個 縄文時代 前3500~前2500年 新潟・十日町市(十日町市博物館保管) 撮影:小川忠博

Ⅰ・Ⅱ期

京都に舞い降りる、
天平美人。

国宝 吉祥天像

国宝 吉祥天像(きっしょうてんぞう)

1面 奈良時代 8世紀 奈良・薬師寺 写真:飛鳥園

Ⅰ期

史上初。雪舟の国宝6件
全てを1部屋に!!
[10月3日(火)~22日(日)限定]

国宝 秋冬山水図

国宝 秋冬山水図(しゅうとうさんすいず) (左幅)

雪舟筆 2幅のうち 室町時代 15世紀 東京国立博物館

Ⅰ・Ⅱ期

雪舟の国宝6件

等伯×久蔵 夢の親子共演!

国宝 桜図壁貼付

国宝 桜図壁貼付(さくらずかべはりつけ)

長谷川久蔵筆 4面 桃山時代 16世紀 京都・智積院

10月24日~11月12日

国宝 松林図屏風

国宝 松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)

長谷川等伯筆 6曲1双 桃山時代 16世紀 東京国立博物館

Ⅲ期

「長谷川等伯」展でも実現しなかった、親子の再会

「長谷川等伯」展でも実現しなかった、親子の再会

豊臣秀吉が愛児・鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲寺(現在の智積院)の障壁画を手掛けたのは、長谷川等伯と息子の久蔵です。画壇の覇者・狩野派を抑えての抜擢に、2人は最高の作品によって応えました。ところが、喜びも束の間、この直後に久蔵がわずか26歳の若さで急逝します。それからほどなくして制作されたと考えられる等伯の「松林図屏風」。もとは障壁画の下絵とされるこの絵の本来の姿や制作意図を復元することは困難ですが、筆を執る等伯の脳裏には在りし日の久蔵の姿があったにちがいありません。


2010年の「長谷川等伯」展でも実現しなかった、等伯「松林図屏風」と久蔵「桜図壁貼付」の対面は、傑作の共演というにとどまらない、まさしく親子の再会とも呼びえる意義があります。

琳派芸術の最高峰、100年ぶりに初の里帰り実現!

国宝 燕子花図屏風

国宝 燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)

尾形光琳筆 江戸時代 18世紀 東京・根津美術館

Ⅳ期

燕子花図屏風の伝来 3つがそろう、奇跡の2週間

燕子花図屏風の伝来

大正時代のはじめまでは京都・西本願寺に所蔵されていました。それ以前の伝来や発注者についてはわかっていませんが、当初から西本願寺のために制作された可能性も指摘されています。大正2年(1913)の売立に出されると、翌大正3年には鉄道王・根津嘉一郎の所蔵するところとなりました。嘉一郎のコレクションを元に、昭和16年(1941)に開館した東京の根津美術館では、初夏の展示が恒例化し、この季節を彩る風物詩として広く親しまれ、現在にいたるまで多くの人々を魅了し続けています。


西本願寺から出て以降、「燕子花図屏風」が京都の地に戻ることはありませんでしたが、このたび100年以上の時を経て、はじめての里帰りが実現します。

3つがそろう、奇跡の2週間

18世紀の京都こそは、江戸時代絵画史のなかでも最も実り多い黄金時代でした。前時代の達成を受け継ぎつつ、京都の公家社会との関係のなかで生まれた「燕子花図屏風」、時代に先駆けた革新的な空間表現を見せる円山応挙「雪松図屏風」(東京・三井記念美術館)、冬の京都の風景を「雅」の文化に昇華させた与謝蕪村「夜色楼台図」。伝統文化の枠組みと、革新的な表現意識が紡ぎ出した3点の揃い踏み(Ⅳ期)は必見です。


出品期間:11月14日~26日(Ⅳ期)の2週間限定! お見逃しなく!!